魔女旅に出る

可愛いトニー。

映画ブルックリンを観てから、主役の恋人を演じたエモリー・コーエンさんに夢中です。
ちなみに同い年らしい…。
あまりの夢中ぶりに遂にDVDも買いました。

中のエモリーさんというか、演じた役柄のトニーが素敵で可愛くて…気が付くと胸キュン(死語)していました。



初登場シーンでは終始ニヤニヤしているヤバい人…主人公のストーカー的立ち位置になるのかと危惧していましたが、あまりの一途さ可愛さに時が流れていくうちにすっかり母性本能が芽生えてしまいました。

彼は主人公が仕事を終えて帰ろうとするときに玄関の近くで待ち伏せていたりするわけですが、君は勉強や仕事で忙しいだろうから家へ歩いて帰るまでは一緒にいたいんだ、というようなことを言うのです。(※主人公は働きながら学校へ通っている)
これはトニーでなければ完全に只のストーカーとなるわけで…認知を歪めてしまうほどに彼は可愛い。
バスの中でやけにもじもじしながら、お願いがあるんだ、と尋ねられたら、もしやこいつ下心があるんか?と危険を察知するのが女という生き物ですが、可愛いトニーは自分の家族に会ってほしい、ということをお願いしているわけです。
可愛い…可愛すぎます、トニー!
また彼の表情やしぐさ、言い回しや間の取り方が絶妙なんですよね。
会話中に、彼女の反応が気になってチラチラ様子を伺っていたり…。
とっても真面目で働き者で、二人一緒にいる時の、彼女と会えて嬉しい!という幸福感ダダ漏れな笑顔や、優しい眼差しに胸キュン×1000なのです。
Forever トニー!

↑トニーの弟。生意気で可愛かった!

トニーの恋敵?になるアイルランドのおぼっちゃまジムはハリーポッターのロンのお兄ちゃんで有名なドーナル・グリーソンです。
彼が主役をつとめたアバウトタイムも大好きな映画の一つです。
オールマイティな演技が持ち味の俳優さんですよね。
いかにも温室育ちの秀才、というようなジムの役もしっかりハマっていました。


主役を演じる女性はつぐない、ラブリーボーン、グランドブダペストホテルで有名なシアーシャ・ローナン
彼女も本当にお姉さんになっていて自分も歳をとったものだよなぁとなんだか切なくなってしまいました。



つぐないやラブリーボーンの時は妖精と見紛うようなあどけない少女だったのに、気品のある大人の女性に成長しましたね。


ブルックリンで演じたエイリッシュという役柄にぴったりの賢そうな顔立ちをしています。
聡明なエイリッシュそのもの。
瞳の色が透き通るように美しいんですよね。
アクアマリンやモネの湖を彷彿とさせる美しさです。

彼女の、口元をきゅっと結んだ時の凛とした表情がとても好きです。
笑顔も柔らかくて可愛いですよね。

1950年代のレトロなファッションがとてもよく似合っていました。
最近はヴィンテージ風のファッションが人気なので、お洒落の参考になるような着こなしがたくさんあります。
職場の先輩のクラシカルなまとめ髪も可愛いなぁ…

いかにもアイルランドの村娘的ルック(ルームメイトに言わせれば牧場の女風)も可愛かったですが、


ホームシックを乗り越えてニューヨーク生活が楽しくなってきたあたりから、いかにも50年代!というファッションに変わるので目が離せません。






途中、敬虔なカトリックである下宿先の寮長さんと、ちょっと意地悪な先輩ルームメイトたちの会話が面白くて何回もプッとなりました。







内容の感想になりますが、生まれ故郷を離れ、生活している人にとっては痛いほどに主人公エイリッシュの気持ちが伝わるのではないでしょうか。
閉鎖的な田舎で一生を終えるなんてまっぴら御免!という思いで憧れの地、ニューヨークへ。
大変な苦労をしてやって来たのはいいけれど、見知らぬ地で、何もかも自分一人の力で開拓していかないといけない辛さや孤独。故郷へ残してきた大切な人達への想い。
自分は都会へ出て様々な刺激に触れ充実した生活を送っている…けれども田舎にいる母と姉はどうしてるだろうか?
素敵な恋人ができたことでホームシックを乗り越え生活が充実していきますがエイリッシュは若干の後ろめたさを感じていたのではないでしょうか。
来たばかりの頃は大都会ニューヨークにうまく馴染めず孤独感に苛まれ故郷へ帰りたいと泣き言を漏らしていましたが(元々エイリッシュは人付き合いが上手い方では無い)、人種のるつぼニューヨークならではの開放感や多様性、世界の最先端の場所にいるという幸せを感じることができます。
そういう類の幸せは彼女の生まれ故郷であるアイルランドではけして味わうことができないのです。
故郷へ戻れば知っている人ばかりという安心感がありますが、田舎ならではの醜聞や偏見、閉鎖性に嫌というほど振り回されたりもしてそりゃあもう大変です。
最終的にエイリッシュはニューヨークとアイルランド、どちらかを選ばざるを得ない状況に追い込まれます。
彼女の決断には賛否両論あるようですが、私にとってはあゝ良かったなぁ…というほのぼのとしたものでした。
DVD、色んな人に観せて意見を聞いてみたいなぁ。

それにしても観たい映画がいっぱいだ。

大好きなグザヴィエ・ドランの新作 たかが世界の終わり(愛しのレア・セドゥとリアル大天使のギャスパー・ウリエルが出演している!グザヴィエの代表作わたしはロランスにも出演したナタリー・バイがウリエルの母親役でなんと登場!)観たいし、リリー・ローズ・デップとナタリー・ポートマンが主演しているプラネタリウムも観たい。


秋田東中の演奏。


タイトルとは全く関係ありませんが、美味しかったので( ˆ࿀ˆ )


高校時代は合唱部(正式に言うと音楽部)に所属していた私。
音楽が好きという思いだけで突き進んだモラトリアム期でした。
楽しく美しい思い出だけではなく、挫折や後悔といった苦々しい記憶(暗黒期?)の残る青春時代です。
最近ふと過去のNコン動画を聴き漁っていたところ秋田東中の存在を知りショックを受けました。



たった6人で臨むNコン!感動的な演奏です。


たった6人で臨むNコン!感動的な演奏です。 ②

特に自由曲の谷川俊太郎作詞の生きるが大好きです。今まで谷川さんの生きるといえば宮崎学園(私達の時代は無双状態だった)というイメージしかなかったのですがそれが塗り替えられました。
本当に素晴らしい。このような美しく素晴らしいものを語る語彙力がないのですが、言葉など要らぬ美しさだと思います。
この秋田東中の皆さんは6人という少人数の為顧問不在で正規部活動ではありませんが、声楽経験のある父兄から指導を受けていたようです。
人間は機械ではありませんから人が集まればその数だけ声量、歌唱法、ピッチコントロール力がそれぞれ違います。
合唱とはそのさまざまな個性や癖を矯正し、又は生かしながら一つの音楽にしていかないといけないので一人一人の意識が凄く大事なのです。
どんなに人数が多く、部員が全員声楽経験があり完璧なbel canto唱法で発声できたとしても、隣で歌っている人の声を聴けないソリスト気取りばかりでは駄目なのです。
楽譜を熟読し作曲家、作詞家の表現したい世界に思いを馳せ共鳴し、メンバーの声を聴き、自分一人が音楽を創り上げるのではない、みんなで創り上げていくのだと意識しなければ。
かと言え、人数が多いと迫力はあるし多少の粗を誤魔化しやすいというメリットはあるので、コンクールなどでは有利ですね。

その点秋田東中の皆さんはたったの6人しかいないのですから、誤魔化せる要素などなにもありません。
ピッチやリズムなど狂いようものなら丸分かり、そうならないよう一人一人が正確で完璧でなければありません。
この子たちは、曲やパートによってはハイソプラノの子はソリスト状態になっているほどです。
ソプラノ1の子(左端)、自由曲で序盤から主題をソリ状態で歌っています。音楽を物語に擬えると、序章となる大事な大事な部分です。それを一人でこんなに美しい歌声で正確なピッチで…。どんなに練習したのだろう。
アルトの子たち、発声自体がただでさえ難しいパートです。これをたった二人でこんなに力強く豊かに歌っていることに驚きました。低音がまるでテナーのように美しく響いていた…。
少人数ですからそれぞれの声と喧嘩しやすいという難しさがあります。それを一つの歌声のように溶けあわせ6人の調和を作り出しています。

普通なら一人や二人でこのような美しい旋律を紡ぎだせません。
ただならぬ努力があったと思います。
腹式呼吸の練習、ピッチを合わせる練習、指揮者がおりませんからみんなで息を合わせる練習…。
舞台の上でひたむきに歌うそれぞれの顔を見ていると、6人で懸命に努力した時の流れが見えてくるようで涙がこぼれました。
そして動画の説明文に掲載されていたこの文章にも泣かされました…。

審査員 講評  
私にとって、この学校の演奏を聴く体験は初めてではありませんし、少人数で見事な演奏、という賛辞も過去に書いたことがありますから、そのことを取り立ててもう一度言わなくても、と思っていても、6人でこの演奏をされてしまうと、驚かないわけにはいきません。演奏自体が感動的で、私の大好きな作品が見事に歌われ、私は演奏を聴いている間感動で体が震えっぱなしでした。私は「作品が悦ぶ演奏」という表現を好んで用いますが、この演奏を聴いていると、人が歌を歌うことの喜びと気高さにあふれていて、この演奏をされたことでこの名曲の価値は一層高まったように思いました。一人ずつの声がまっすぐで、しかし若い声のまっすぐな声作りで陥りがちな硬さがなく、ふくよかな響きと清潔感があり、なんとも良い声に聞き惚れてしまいました。良いヴォイストレーニングをされているのでしょう。私は合唱人口が増えることを願っているので、秋田東中の皆さんの仲間が何十人にもなるといいな、と思いますが、少ない人数だからこそ、個別の処方箋を丁寧にもらえる良さもあるのかな、と感じました。


この二曲を最近は毎日聴いています。
こちらは平成23年度の演奏ですから、この子たちは今22、23くらいかな?
素晴らしい女性に成長しているであろうことが、彼女達の美しい表情と歌声から想像できます。
一日に何度も繰り返し聴し、口ずさんでしまいます。

空に樹に人に 私は 自らを投げかける
やがて 世界の豊かさ そのものとなるために
私は 人を呼ぶ すると 世界が振り向く
そして 私がいなくなる

谷川俊太郎【生きる】

ローランサンと娘。


娘は水彩画が大好き。道具は全て百均の安物ですが、自分で構図を決め、色を重ね、白い空間が色で埋めつくされていくのが面白いようです。
幼子の表現力は、自由そのもので素晴らしいですよね。
娘の作品はエネルギッシュで好奇心旺盛な彼女そのものです。
かなり頑固なせいか、絵を描くときにもそれがよく顕れています。
上手く描けない時は号泣してしまうことも(汗)

これあげる、とよくプレゼントしてくれるんですがそれがとっても嬉しい(親ばか)。
最近ものすごく人間の顔を描くのが上手になってきました…( ˆ ˆ )♡

自分にとっても他人にとっても凄いもの。価値があるもの。
そんなものは天才か相当な努力家以外生み出せませんが、娘の好きなものが増えていく様子を見ているとどこか安心しますし嬉しいですね。
自分が自分であることを楽しんでいるように思えて。

どんどん自分の世界を作って、好きなものを探求していってほしい。

洗濯船で才能が開花し、詩人ギョームアポリネールの有名な詩、ミラボーでその恋が詠われた女性、パリのミューズとまで謳われたローランサン

彼女は経済的に自立した最初の女性芸術家といわれています。
私生児として産まれた彼女は学生時代成績も振るわずひたすら優美なものに恋い焦がれ、風変わりな不思議ちゃんと学友たちから揶揄されていましたが、心酔した【繊細、優美な芸術】を探求した結果、マリー・ローランサンの名が世界に知られることとなりました。

日本にもファンが多く、今は閉館したそうですが長野にはローランサンの美術館もあったし、いわさきちひろさんは彼女の影響を受けていますよね。(そんなローランサンの初期の作品はモディリアーニピカソセザンヌには影響を受けている。キュビズム(立体派)に傾倒していた時代も。)

この時代に女流画家として生きたのは困難だったでしょうが、芸術家という人種は表現せねば生きられないのでしょうね。

私は美しいものが好きなのよ〜。
現実なんかくそくらえよ!

というような、一種の狂気じみたものすら感じます。

今ハマっているという漫画に、舞台でしか生きられない生き物という台詞がありますが、彼女初め名だたる芸術家にも同じことが言えると思いました。

”描かねば、創らねば生きられない生き物”

あまりに美しく現実感の無い彼女の作品を見ていると、夢の中に紛れ込んでいるような気持ちになります。

私の、一番最初に夢中になった芸術家です。

彼女の絵の色彩が好き。
ローランサンといえば、パステルカラー、ペールトーン。
特に、グレーの使い方が美しいんですよね。
彼女をパリのミューズたらしめているものはここが大きいように思います。
色の組み合わせ方。

古い写真を見ているかのような、昔みた夢の世界のような。
彼女の作品に出てくる人物からは意志や生気を感じません。
どこか人形じみているというか…白痴的なものを感じます。

小学四年生の時に鹿児島の長島美術館(だったような)でローランサン展があったのですが、また来ないかなぁ。

あの時に母から買ってもらった



ヴァランティーヌのレプリカ、島に持ってきて部屋に飾っています。

八月に地元へ帰省することになったのでいろんな美術展を巡るのが楽しみで仕方ないです。


私の大好きなローランサンの言葉。

絵画は友だちのようなもの。
わたしはけっして、ひとりということがありませんでした。

ローランサンを想うたびに、つくづく自分の世界を持っている人は最強だと思うのです。

エアコンのお掃除と金魚。


今日は暑い中、旦那と2人で自宅のエアコン2台の掃除をしました。

脚立に乗り、フィルターを取って、ドライバーでネジをゆるめカバーを外すのは私の仕事。
旦那には埃っぽいフィルターやカバーを洗ってもらいました。
そして、エアコン用の大きなビニール袋で養成し、中性洗剤をふりかけ、五分放置した後に噴射器で水を当てながら娘のお古の歯ブラシでひたすらファンを擦りつづけました。

擦るのは結構しんどいので、噴射器役と歯ブラシ役を休み休みかわりばんこで掃除しました。

ファンが相当汚れていて、出るわ出るわ。真黒な汚水が…

フィルターは夏と冬の時期、一週間〜二週間に一度は洗っていますが、掃除自体は半年以上ぶりです。
今後は三カ月に一度は頑張りたいなぁ…

仕上げはエタノールスプレーをたっぷりと吹き付けてキッチンペーパーで内部に残った水や汚れを磨き上げて、カバーやフィルターをつけてネジを締めてお終いです。
2台分だから随分とくたびれました。

心なしか、エアコンの近くで泳いでいる金魚さんも嬉しそうです。

これさぁダ○キンに掃除頼んだら2台で3万はしたかもね。3万も節約した〜。なんて阿保なことを言いながら、自己満足とは幸せなことだなぁと思いました。

夏休みに入れば夏菊の出荷が始まりグロッキー状態にもなると思いますが、この夏はみっちりと遊びたいなぁ。

真鍮のお手入れと宝物たち。


久しぶりに真鍮のピアスのお手入れをしました。

ビフォーアフターが無いのでわかりづらいですが、これでもかなり綺麗になりました。

真鍮は錆びやすいですが、酢水に10分つけて重曹をふりかけて磨けば綺麗になります。

磨いても磨いても黒い斑点みたいなのが取れないけれど、これはもう無理なのかなぁ。(しかも磨きすぎてフックが壊れた。涙)

ハートの方は娘にいずれあげる約束をしているので、それまで大事に使わないと〜。



チラッ。

この小物入れは阿蘇神社の近くのetuさんで購入したものですが、大のお気に入りです。

テリアちゃん、なんて可愛いのー。



お洒落なetuさん。
お馬は100円で動くよ。



どれもこれも可愛すぎて、1時間くらい選んでいた気がします。

お手頃な価格だし、最高にチャーミングなオーナーさんでした。

氷が溶けたようなガラスのお皿と小さなチューリップの絵皿はお菓子を出すのにぴったり。



この女の子は化粧台に飾っています。


ビーズのポーチはちょっとその辺まで行くときのお財布にしていますが本当に使いやすくて可愛い。

とでも小さいので、荷物の多い私は重宝しています。

ビーズものは昔から大好きでひっそりと集めています。

小さい頃に母が作ってくれた星座のモチーフのビーズのバッジ、可愛かったなぁ。



こちらは大牟田のザンメルンさんで購入したアンティークのもの。

私の一生の宝物。


眺めているだけで美しくて満たされますが非常にデリケートなものなので、実用性はありません。

ああ可愛い。


島は暑く必要な時以外は外出する気が起こらないので、掃除、整理整頓、宝物のメンテナンス
に励もうと思います。

気分が上がる音楽がほしいな。

嗚呼 素晴らしき小籠包

近頃島は蜃気楼が見えるほどに暑く、

部屋の中で冷たい風にあたっていると

横浜で食べた小籠包をまた食べたい…と、

そんなことばかり考えて現実逃避してしまいます。

常においしいものが口の中に入っていたらどんなに幸せなことだろう〜。



高島屋の鼎泰豊。


どれもこれも美味しかったけど、やっぱり小籠包は格別だった。

二回目に行った時に食べた、ずわい蟹、雲丹、ほたての三種盛りも美味しいよ!

妹が食べていた中華風の冷麺のようなものも。
奄美の鶏飯スープを冷たくしたような、無色透明のあっさりとした鶏がらスープがとっても美味しかった。



↑は娘の。
子供用だけどボリュームたっぷりでした。
肉まんかあんまんか選べます。

お店は超満員。お待たせ番号?の記入された紙を発券してから90分ほど待ちました。
家族はその間高島屋でお買い物をして時間を潰していました。

私は椅子に座り娘とぼんやりしていたところ、隣にいた御婦人(横須賀から娘さん二人と来たらしく、私と同じ状況)に話しかけられ、思いのほか楽しい順番待ちタイムを過ごしました。

横浜の美味しいものを色々教えてくれた、とても優しい方でした。

横浜土産はありあけのハーバー
お腹がすいた時には崎陽軒の焼売弁当がおすすめらしいです。

滞在中に2つとも食しましたが、本当に美味しかった!


ハーバーは、抹茶味とマロン味を食べてみました。
博多とおりもんに似ていると母が言っていましたが、こちらの方があっさりと上品な味でした。
そして、こちらの方が食感がしっとりとしているような。
中身はそれぞれのフレーバーが練りこまれたミルク餡ですが、バターの香りはとおりもんの方が上かな。
どこか懐かしい、食べやすい味なので、毎日食べたいなぁ。



崎陽軒の焼売弁当は夢のような美味しさでした。
焼売も勿論美味しいですが、まず、お米。
炊いているのではなく、蒸しているので時間が経ってもツヤツヤとしていて甘い。
お米ってこんなに甘いんだなぁ…と、感動すら覚えました。
これは是非みんなに食べてもらいたい美味しさ。
自信を持っておすすめいたします。



ああ、それにしても小籠包美味しかった。


この美味しい幸せな思い出を忘れないように、ジャスミンティーをお持ち帰りしました。

最近毎日これを冷たくして飲んでいます。






餃子は頻繁に作るけれど、小籠包は作ったことありません。

皮はホームベーカリーに任せて、チャレンジしてみようかな。

明日あたり、生姜をたくさん買い込みたいと思います。

私の中の四歳は死んでいない。


阿蘇は母方の祖父の故郷で、ものごころついた時から一年に一度は行っているような気がします。


↑これは上色見熊野座神社。


目の覚めるような若草色が風に波打つさまを見ていると「帰ってきたなぁ。」と何故かこの世に産まれた時の気持ちってこんなだろうか、と思いました。
末端まで艶々として生命がみなぎっている、阿蘇の自然は非現実的な美しさがあります。

阿蘇大橋が陥落したので大津からミルクロードへまわり、ところどころ修繕中の道や建物があるねと家族と小話をしながら進んでいたら、車のメーターは振り切れそうなくらいぐんぐん上昇して、世にも美しく懐かしい色彩が目に飛び込んできました。
六月の白んだ空でしたが、島崎藤村の椰子の実さながらの気持ちで今を生きている自分には胸に来るものがありました。



名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ

故郷(ふるさと)の岸を 離れて
汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる
枝はなお 影をやなせる

われもまた 渚(なぎさ)を枕
孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ

実をとりて 胸にあつれば
新(あらた)なり 流離(りゅうり)の憂(うれい)

海の日の 沈むを見れば
激(たぎ)り落つ 異郷(いきょう)の涙

思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお)
いずれの日にか 国に帰らん

歳をとった今思うのは、望郷とは、亡くなった大切な人、年をとって弱ってしまった大切な人、そういう人が元気に暮らしていたあの頃、あの場所ーもう絶対に戻れないあの時、あの場所を思う気持ちだということ。


それはすなわち私が幼い頃の思い出であり、娘にとっての今だということ。


可愛がられた記憶が多いほどに、時の流れはやるせなく虚しい。


家族が亡くなるのは辛い。

そして、亡くなった人といちばん近しい人が傷ついている姿を見るのも辛い。


草千里ヶ浜の緑は、自分が今何歳でどのような人間なのか分からなくさせます。




私の好きな佐野洋子さんの本に、こんな言葉が載っています。

「四十だろうが五十だろうが、人は決して惑わないなどという事はないという事に気がつくと、私は仰天するのだった。なんだ九歳と同じじゃないか。人間は少しも利口になどならないのだ。私の中の四歳は死んでいない。雪が降ると嬉しい時、私は自分が四歳だか九歳だか六十三だかに関知していない」
ー神も仏もありませぬー


波のように揺れ動く草千里ヶ浜の緑に浸りながら、そのような事を思いました。