魔女旅に出る

ローランサンと娘。


娘は水彩画が大好き。道具は全て百均の安物ですが、自分で構図を決め、色を重ね、白い空間が色で埋めつくされていくのが面白いようです。
幼子の表現力は、自由そのもので素晴らしいですよね。
娘の作品はエネルギッシュで好奇心旺盛な彼女そのものです。
かなり頑固なせいか、絵を描くときにもそれがよく顕れています。
上手く描けない時は号泣してしまうことも(汗)

これあげる、とよくプレゼントしてくれるんですがそれがとっても嬉しい(親ばか)。
最近ものすごく人間の顔を描くのが上手になってきました…( ˆ ˆ )♡

自分にとっても他人にとっても凄いもの。価値があるもの。
そんなものは天才か相当な努力家以外生み出せませんが、娘の好きなものが増えていく様子を見ているとどこか安心しますし嬉しいですね。
自分が自分であることを楽しんでいるように思えて。

どんどん自分の世界を作って、好きなものを探求していってほしい。

洗濯船で才能が開花し、詩人ギョームアポリネールの有名な詩、ミラボーでその恋が詠われた女性、パリのミューズとまで謳われたローランサン

彼女は経済的に自立した最初の女性芸術家といわれています。
私生児として産まれた彼女は学生時代成績も振るわずひたすら優美なものに恋い焦がれ、風変わりな不思議ちゃんと学友たちから揶揄されていましたが、心酔した【繊細、優美な芸術】を探求した結果、マリー・ローランサンの名が世界に知られることとなりました。

日本にもファンが多く、今は閉館したそうですが長野にはローランサンの美術館もあったし、いわさきちひろさんは彼女の影響を受けていますよね。(そんなローランサンの初期の作品はモディリアーニピカソセザンヌには影響を受けている。キュビズム(立体派)に傾倒していた時代も。)

この時代に女流画家として生きたのは困難だったでしょうが、芸術家という人種は表現せねば生きられないのでしょうね。

私は美しいものが好きなのよ〜。
現実なんかくそくらえよ!

というような、一種の狂気じみたものすら感じます。

今ハマっているという漫画に、舞台でしか生きられない生き物という台詞がありますが、彼女初め名だたる芸術家にも同じことが言えると思いました。

”描かねば、創らねば生きられない生き物”

あまりに美しく現実感の無い彼女の作品を見ていると、夢の中に紛れ込んでいるような気持ちになります。

私の、一番最初に夢中になった芸術家です。

彼女の絵の色彩が好き。
ローランサンといえば、パステルカラー、ペールトーン。
特に、グレーの使い方が美しいんですよね。
彼女をパリのミューズたらしめているものはここが大きいように思います。
色の組み合わせ方。

古い写真を見ているかのような、昔みた夢の世界のような。
彼女の作品に出てくる人物からは意志や生気を感じません。
どこか人形じみているというか…白痴的なものを感じます。

小学四年生の時に鹿児島の長島美術館(だったような)でローランサン展があったのですが、また来ないかなぁ。

あの時に母から買ってもらった



ヴァランティーヌのレプリカ、島に持ってきて部屋に飾っています。

八月に地元へ帰省することになったのでいろんな美術展を巡るのが楽しみで仕方ないです。


私の大好きなローランサンの言葉。

絵画は友だちのようなもの。
わたしはけっして、ひとりということがありませんでした。

ローランサンを想うたびに、つくづく自分の世界を持っている人は最強だと思うのです。

エアコンのお掃除と金魚。


今日は暑い中、旦那と2人で自宅のエアコン2台の掃除をしました。

脚立に乗り、フィルターを取って、ドライバーでネジをゆるめカバーを外すのは私の仕事。
旦那には埃っぽいフィルターやカバーを洗ってもらいました。
そして、エアコン用の大きなビニール袋で養成し、中性洗剤をふりかけ、五分放置した後に噴射器で水を当てながら娘のお古の歯ブラシでひたすらファンを擦りつづけました。

擦るのは結構しんどいので、噴射器役と歯ブラシ役を休み休みかわりばんこで掃除しました。

ファンが相当汚れていて、出るわ出るわ。真黒な汚水が…

フィルターは夏と冬の時期、一週間〜二週間に一度は洗っていますが、掃除自体は半年以上ぶりです。
今後は三カ月に一度は頑張りたいなぁ…

仕上げはエタノールスプレーをたっぷりと吹き付けてキッチンペーパーで内部に残った水や汚れを磨き上げて、カバーやフィルターをつけてネジを締めてお終いです。
2台分だから随分とくたびれました。

心なしか、エアコンの近くで泳いでいる金魚さんも嬉しそうです。

これさぁダ○キンに掃除頼んだら2台で3万はしたかもね。3万も節約した〜。なんて阿保なことを言いながら、自己満足とは幸せなことだなぁと思いました。

夏休みに入れば夏菊の出荷が始まりグロッキー状態にもなると思いますが、この夏はみっちりと遊びたいなぁ。

真鍮のお手入れと宝物たち。


久しぶりに真鍮のピアスのお手入れをしました。

ビフォーアフターが無いのでわかりづらいですが、これでもかなり綺麗になりました。

真鍮は錆びやすいですが、酢水に10分つけて重曹をふりかけて磨けば綺麗になります。

磨いても磨いても黒い斑点みたいなのが取れないけれど、これはもう無理なのかなぁ。(しかも磨きすぎてフックが壊れた。涙)

ハートの方は娘にいずれあげる約束をしているので、それまで大事に使わないと〜。



チラッ。

この小物入れは阿蘇神社の近くのetuさんで購入したものですが、大のお気に入りです。

テリアちゃん、なんて可愛いのー。



お洒落なetuさん。
お馬は100円で動くよ。



どれもこれも可愛すぎて、1時間くらい選んでいた気がします。

お手頃な価格だし、最高にチャーミングなオーナーさんでした。

氷が溶けたようなガラスのお皿と小さなチューリップの絵皿はお菓子を出すのにぴったり。



この女の子は化粧台に飾っています。


ビーズのポーチはちょっとその辺まで行くときのお財布にしていますが本当に使いやすくて可愛い。

とでも小さいので、荷物の多い私は重宝しています。

ビーズものは昔から大好きでひっそりと集めています。

小さい頃に母が作ってくれた星座のモチーフのビーズのバッジ、可愛かったなぁ。



こちらは大牟田のザンメルンさんで購入したアンティークのもの。

私の一生の宝物。


眺めているだけで美しくて満たされますが非常にデリケートなものなので、実用性はありません。

ああ可愛い。


島は暑く必要な時以外は外出する気が起こらないので、掃除、整理整頓、宝物のメンテナンス
に励もうと思います。

気分が上がる音楽がほしいな。

嗚呼 素晴らしき小籠包

近頃島は蜃気楼が見えるほどに暑く、

部屋の中で冷たい風にあたっていると

横浜で食べた小籠包をまた食べたい…と、

そんなことばかり考えて現実逃避してしまいます。

常においしいものが口の中に入っていたらどんなに幸せなことだろう〜。



高島屋の鼎泰豊。


どれもこれも美味しかったけど、やっぱり小籠包は格別だった。

二回目に行った時に食べた、ずわい蟹、雲丹、ほたての三種盛りも美味しいよ!

妹が食べていた中華風の冷麺のようなものも。
奄美の鶏飯スープを冷たくしたような、無色透明のあっさりとした鶏がらスープがとっても美味しかった。



↑は娘の。
子供用だけどボリュームたっぷりでした。
肉まんかあんまんか選べます。

お店は超満員。お待たせ番号?の記入された紙を発券してから90分ほど待ちました。
家族はその間高島屋でお買い物をして時間を潰していました。

私は椅子に座り娘とぼんやりしていたところ、隣にいた御婦人(横須賀から娘さん二人と来たらしく、私と同じ状況)に話しかけられ、思いのほか楽しい順番待ちタイムを過ごしました。

横浜の美味しいものを色々教えてくれた、とても優しい方でした。

横浜土産はありあけのハーバー
お腹がすいた時には崎陽軒の焼売弁当がおすすめらしいです。

滞在中に2つとも食しましたが、本当に美味しかった!


ハーバーは、抹茶味とマロン味を食べてみました。
博多とおりもんに似ていると母が言っていましたが、こちらの方があっさりと上品な味でした。
そして、こちらの方が食感がしっとりとしているような。
中身はそれぞれのフレーバーが練りこまれたミルク餡ですが、バターの香りはとおりもんの方が上かな。
どこか懐かしい、食べやすい味なので、毎日食べたいなぁ。



崎陽軒の焼売弁当は夢のような美味しさでした。
焼売も勿論美味しいですが、まず、お米。
炊いているのではなく、蒸しているので時間が経ってもツヤツヤとしていて甘い。
お米ってこんなに甘いんだなぁ…と、感動すら覚えました。
これは是非みんなに食べてもらいたい美味しさ。
自信を持っておすすめいたします。



ああ、それにしても小籠包美味しかった。


この美味しい幸せな思い出を忘れないように、ジャスミンティーをお持ち帰りしました。

最近毎日これを冷たくして飲んでいます。






餃子は頻繁に作るけれど、小籠包は作ったことありません。

皮はホームベーカリーに任せて、チャレンジしてみようかな。

明日あたり、生姜をたくさん買い込みたいと思います。

私の中の四歳は死んでいない。


阿蘇は母方の祖父の故郷で、ものごころついた時から一年に一度は行っているような気がします。


↑これは上色見熊野座神社。


目の覚めるような若草色が風に波打つさまを見ていると「帰ってきたなぁ。」と何故かこの世に産まれた時の気持ちってこんなだろうか、と思いました。
末端まで艶々として生命がみなぎっている、阿蘇の自然は非現実的な美しさがあります。

阿蘇大橋が陥落したので大津からミルクロードへまわり、ところどころ修繕中の道や建物があるねと家族と小話をしながら進んでいたら、車のメーターは振り切れそうなくらいぐんぐん上昇して、世にも美しく懐かしい色彩が目に飛び込んできました。
六月の白んだ空でしたが、島崎藤村の椰子の実さながらの気持ちで今を生きている自分には胸に来るものがありました。



名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ

故郷(ふるさと)の岸を 離れて
汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる
枝はなお 影をやなせる

われもまた 渚(なぎさ)を枕
孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ

実をとりて 胸にあつれば
新(あらた)なり 流離(りゅうり)の憂(うれい)

海の日の 沈むを見れば
激(たぎ)り落つ 異郷(いきょう)の涙

思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお)
いずれの日にか 国に帰らん

歳をとった今思うのは、望郷とは、亡くなった大切な人、年をとって弱ってしまった大切な人、そういう人が元気に暮らしていたあの頃、あの場所ーもう絶対に戻れないあの時、あの場所を思う気持ちだということ。


それはすなわち私が幼い頃の思い出であり、娘にとっての今だということ。


可愛がられた記憶が多いほどに、時の流れはやるせなく虚しい。


家族が亡くなるのは辛い。

そして、亡くなった人といちばん近しい人が傷ついている姿を見るのも辛い。


草千里ヶ浜の緑は、自分が今何歳でどのような人間なのか分からなくさせます。




私の好きな佐野洋子さんの本に、こんな言葉が載っています。

「四十だろうが五十だろうが、人は決して惑わないなどという事はないという事に気がつくと、私は仰天するのだった。なんだ九歳と同じじゃないか。人間は少しも利口になどならないのだ。私の中の四歳は死んでいない。雪が降ると嬉しい時、私は自分が四歳だか九歳だか六十三だかに関知していない」
ー神も仏もありませぬー


波のように揺れ動く草千里ヶ浜の緑に浸りながら、そのような事を思いました。

文化的回帰

久しぶりに、娘の大好きなロッタちゃんのDVDを観ています。



ロッタちゃんのおしゃまでマイペースなところに共感するのか、一度観せてからずーっとお気に入りのようです。

かんしゃくを起こしているシーンや、チクチクするセーターをハサミでめちゃくちゃにするシーンでは、見てはいけないものを見てしまったような顔をして呆然としています。

私も昔は悪いこと沢山したなぁ。

リカちゃん人形の髪を切ったり、母のドレッサーのファンデーションを顔中にはたいてみたり。

せっかく買ってもらった いちご天使 という謎のキャラの便箋を、購入後に薄気味悪く感じてソファーの後ろに隠したり…


私も娘も映画鑑賞が大好きで、色々借りてみたり購入したりしていますが、娘がいちばん好きな映画は今のところネバーエンディングストーリーらしいです。

かの有名な、原作者エンデが激怒した第一作のアレです。

娘はとにかくファルコンが大好き。
アルタクスが悲しみの沼に沈むシーンでは『かわいそうね…』と心を痛めています。

幼心の君がつけている髪飾り?が欲しいと言うので、ビーズで再現してみましたが頭が大きすぎて入らないというオチでした。

一緒に観て思ったのですが、ネバーエンディングストーリーは私も大好きな映画なので、共に楽しめてとても幸せ。

80年代のものは、音楽にしろ映画にしろ漫画にしろホッとできる何かがあるので大好きです。

初めて知ったものでも、何故か既視感があります。

80年代といいますと私が産まれたてホヤホヤの頃ですが、フィルター越しの空気みたいなものに見覚えがあるというか…鮭やマスが生まれ故郷の川に帰ってきた時に感じる気持ちってこんなかな?と思います。
母川回帰ならぬ、文化的回帰?

私が産まれる以前のものでも、懐かしいんです。

現代カルチャーも好きですが、なぜこうもうんと昔のものを愛してしまうんでしょうね。

好きでたまらないものは、大抵80年代に才能が花開いた人の作った作品なので。

娘も、現代のカルチャーを憧憬して生きていくのかな?

もう少し大きくなったら、エンデの作品やロッタちゃんの原作も読んでほしいなぁ。

絵本の読み聞かせを頑張ろう。

おたまの学校は畝の中

久しぶりの投稿になりました。

先日、旦那と一緒に夏菊を植えるための畑の準備をしている時

畝のくぼみにできた水溜りの中に、おたまじゃくしが沢山いたので連れて帰ってきました。

むやみな乱獲はいけませんが、水が浅く、天気もよかったため、このままだと確実に干からびてしまいそうだと思ったので。

こども園から帰ってきた娘におたまさんを見せると、興味津々で大喜びしていました。

それにしても消毒剤や殺虫剤まみれの畑の赤土の中で生きているなんて、自然の力って凄い!

旦那はいつも農薬にまけてしまい腕がかぶれたりしているので、見ていて悲しくなります。

私たち人間よりうんと小さくてか弱いおたまじゃくしに見えますが、自然の生き物の力は凄いですね。

弱い個体は淘汰されるので、当たり前といえるのだけど…

便利な文明社会のなかで、人間はこれからどう進化していくのかな?



おたまさん九匹を大事に育てて、カエルに成長した暁には畑なり池なりに帰してあげたいなぁ。

本当ならずっと一緒にいたいけど、カエルになったら虫を生け捕りにして与えないといけないようなので。

カエルは生きた虫しか食べないんですね。




このおたまさんが一番成長が早い。

おたまじゃくしって愛嬌のある顔をしています。

しぐさも面白おかしくて時折プッと笑ってしまいます。

水面に浮いて、一生懸命口をパクパクさせてくるくる回りながらご飯を食べているところなんか最高に可愛い。

クリオネと見紛うような可愛さです。

それを見て娘は『口、喋ってるみたい〜!』と大喜び。


スイスイ優雅に泳ぐ育ちの良いおたまもいれば、反抗期真っ只中の暴走おたまもいます。


常に誰かと触れ合っていたい寂しがりおたまも愛くるしいですが、


いつもお気に入り?の場所で一人でのんびりとしているマイペースおたまにシンパシーを感じてしまいますね。



夜になると揃いも揃って水槽の底に沈んでジッとしているので大量死したのではないかと心配になりますが(まばたきをしないので不安になる)後ろ足もほとんど生えてきて、無事に成長しているようです。


名前をつけてあげたいけど、個体差が無いので諦めました。

苦手な方も多いようですが、おたまじゃくしって目が丸くて意外と可愛いのですよ。

妹からは『こわい…人面魚みたい。』と言われてしまいましたが。

ご飯はパンくずやかつおぶし、いりこなどでいいので買う必要はありません。

汲み置きしてカルキ抜きした水を、毎日三分の一ずつ替えてあげれば元気に成長します。


このまま無事に育ってくれるよう、祈るばかりです。

可愛いなぁ…。