魔女旅に出る

やぎさんとNちゃん。


知名の動物園のヤギさんは、いつもはらぺこ。




昨日は子どもの入園式当日。
お義母さんと旦那と3人でドキドキしながら国頭こども園へ(お義父さんは背広が苦手なので畑へ)。

初対面のお友達、顔見知りのお友達、仲良しのお友達に囲まれて、笑顔でいっぱいな我が子を見ていると、胸の中にもやもやと湧いていた不安な気持ちがスッと晴れたように思いました。

なによりも友達と遊ぶことが大好きで、自分から進んで行動できるところが彼女の一番いいところ。

わりとたくましい(というかふてぶてしい)子なので園にもすぐに慣れてしまうのかなぁと思う反面、なにか言いようのない寂しさみたいなものを感じます。

こんな夜はなんだか苦手です。
まるで自分が子供がえりしたみたいに、心もとない気持ちになってしまいます。




思い起こせば、赤ちゃん時期のただひたすらに可愛くてたまらない時期から、3歳の、おませになった今現在の娘。

娘を初めて胸に抱いた時の感動といったらなかったな。

一日中一緒にいれたんだから、面倒くさがらずもっとたくさん素敵な思い出をつくりたかったな。

もっとたくさんお母さんを頑張ればよかった。

亡くなってしまった大切な人達に、娘をもっと会わせたらよかった。


長いようでたったの3年間。




娘がまだ赤ちゃんの時に、父に言われた言葉を思い出します。



「子どもが小さい時っていうのは本当にあっと言う間で、ずっと子どもと一緒にいられる時間は家庭によって違うけど人生の中でたった1年、2年、3年、4年とかそこらでしょう。そんな短い時間は人生の中であっという間に終わる。だから、この濃密に過ごせる時間を本当に大切にしないといけない。」


要約するとこんな内容でした。



両親はとても忙しい人たちで、私は小学校低学年あたりまで母が恋しくてたまらない子どもでした。

いつもぼんやりとしていて、現実と折り合いをつけることが苦手で保育園もあまり好きじゃなかった。

体は保育園や学校にいるのに、心は幽霊になって母を探し彷徨っているようなおかしな気持ちでした。

兄や妹はそんなことはなかったので、私は人よりもたくさんの愛情を欲しがる性質を持った子どもだったのかもしれない。

いつも、お母さんに会いたいなぁ、何してるのかなぁ、と母に甘えることばかり考えていました。


父がたまに保育園をサボらせて、遊びに連れて行ってくれた思い出が忘れられない。

積雪で真っ白になった霧島の山々の頂。天気が悪かったのか空は白んでグレーが混じっていました。

父と2人、黄色いビートから下りて山道を歩きます。

今日は保育園に行けなくて本当によかった。


こんなことを考えていたような気がします。


寒さで頬や耳や手がじんわりと痛んで、根性無しの私だからもう歩けないと泣きべそをかいたかもしれない。

山の麓で食べた焼きとうもろこし、美味しかったなぁ。

雪の白、空の灰、車ととうもろこしの黄。
この3つの色彩が驚くほど鮮明に脳裏に刻み込まれています。



園のお迎えにきてくれるのは父方の祖母ばかりで、家に帰れるのは嬉しいけど、母に迎えにきて欲しかった。

こんなことを当時思っていて「おばあちゃんごめんなさい」と心から思います。

父方の祖父は、父が10才の時に病気で亡くなりました。

女手一つで、2人の子どもを育て上げることはどんなに大変だっただろうと思います。

祖母は農作業をしながら私達3人の面倒を見てくれて、祖母無しに私達はきっと大人になれなかった。

今はもう脳梗塞の後遺症で私のことも余り分からなくなってしまいました。

ありがとうとごめんなさいを沢山言いたいです。

おばあちゃん大好き。


話しがだいぶ逸れてしまいました。




↑知り合って早6年弱。娘も大好きな、おっとり優しいRちゃんとそのベイビー。



園に行くまでの時間くらいは自分より娘を優先しなければと思っていたけど、今思えばなにかと自分の気持ちばかり優先していた気がします。


娘の存在の尊さを忘れずに、健やかでいてくれることに感謝の心を持ち続けたいです。


いつも心に生まれてきてくれてありがとうの気持ちを忘れずに、穏やかに成長を見守りたいな。