魔女旅に出る

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おかしゃん、はなば。








桜の季節になると思い出す女性がいます。


その女性は話したことも会ったこともない方なのですが、私が生きている限り、季節が巡って桜が散る限り、忘れることはないでしょう。




だいぶ前に、Eテレの番組【100分de名著】で、石牟礼道子さんの苦海浄土が紹介されていました。


この作品は二十歳くらいのころに一度読んだことがあるのですが、家庭を持った今、改めて読んでみたいと思っていました。



去年の夏に水俣の海をこの目で焼き付けたのでより強くそう思います。


水俣病資料館は初来館でしたが、念願だった、鳩を抱く少年(※胎児性水俣病患者の半永一光さんが被写体となっている)のパネル展示を閲覧することが叶い滂沱の涙がこぼれました。


※ 胎児性水俣病妊娠中の母親が有機水銀で汚染された海で育った魚介類を摂取することにより、産まれてくる子どもが発病する。



娘、旦那と三人で来館したのですが、旦那もこの写真には感銘を受けたようでした。


石牟礼さんの言葉は、私達文明社会で生きている人間が国の発展と引き換えに失くしてしまいそうになっているかけがえのないものを思い起こさせます。

親は子を想い、子は自由にのびのびと、夫婦であるならば支え合って、人は皆他人に迷惑をかけないように最低限の努力をする。


自分なりに、これこそが人間としての在り方、幸せのかたちだと思うのですが、生きているとどうしても自分と他人の境界が分からなくなってしまいますし、そうなると自分を見失い人の気持ちを慮る余裕すらなくなってしまいます。



時に私は自分も人間であるはずなのに、人間が恐ろしくてたまらなくなります。

高度文明の発達と引き換えに、桜の花びらの彼女のような存在を生み出してしまうからです。

近代化を批判している訳ではありませんし、より便利な世の中にしようと頑張ってきた人達の努力は素晴らしいと思いますが、時として狂信的な時代の流れを振り返ってみると、その恩恵をただ享受するだけではいけないと思います。


ましてや利益を優先する余り命を軽視して責任を放棄し状況を悪化させるなど、絶対にあってはならないこと。

問題はそこであり、起こってしまった後にどう対処するかが肝心なところで、被害を最小化にする為に尽力するか否か、そこで明暗は分かれます。

過失を認めるか、問題は無い安全であると過失を認めずに有機水銀を海に垂れ流したまま放置するか。




苦海浄土には娘を持つ私には忘れられない、その女性のことが綴られています。



きよ子は手も足もよじれてきて、手足が縄のようによじれて、わが身を縛っておりましたが、見るのも辛うして。
それがあなた、死にました年でしたが、桜の花の散ります頃に。私がちょっと留守をしとりましたら、縁側に転げ出て、縁から落ちて、地面に這うとりましたですよ。たまがって駆け寄りましたら、かなわん指で、桜の花びらば拾おうとしよりましたです。曲がった指で地面ににじりつけて、肘ひじから血ぃ出して、
「おかしゃん、はなば」ちゅうて、花びらば指すとですもんね。花もあなた、かわいそうに、地面ににじりつけられて。
何の恨みも言わじゃった嫁入り前の娘が、たった一枚の桜の花びらば拾うのが、望みでした。それであなたにお願いですが、文ば、チッソの方々に、書いて下さいませんか。いや、世間の方々に。桜の時期に、花びらば一枚、きよ子のかわりに、拾うてやっては下さいませんでしょうか。花の供養に。



※たまがって、は驚いて、という意味です。




水俣病により、ほとんど身動きすることのできないきよ子さん。そんな彼女が、母親が少し家を空けた時、舞い落ちる花びらに手を伸ばす。でも、拾えない。さらに手を伸ばそうとして縁側から落ちてしまう。それでも、地面を這い、肘から血を流しながら、曲がった指で花びらを拾おうとする。帰宅した母親が、地面を這う娘の姿を見て、驚き、駆け寄る。


石牟礼さんはその女性、坂本きよ子さんにお会いしたことはありません。

引用したこの言葉は、石牟礼さんと交流があったきよ子さんの母親が語りかけてくれたのだそうです。

その時、きよ子さんは既に28歳の若さでこの世を去っていました。

母親は石牟礼さんに水俣病を生んでしまった企業チッソや世の中の人達に向けて、きよ子さんのような人間がいたことを記す文を書いてほしいと懇願します。


その母親も父親も妹たちも水俣病患者であり、きよ子さんが亡くなった後に両親も亡くなりました。



妹さんがテレビで語っていましたが、きよ子さんはとても心の優しい女性だったそうです。
写真も見たことがあるのですが、柔和な美しい方でした。

病に冒されほとんど身動きすることもできずに、どんなことを思いながら亡くなっていったのでしょうか。

その心境を察すると悲しくて辛くて、やりきれない気持ちでいっぱいになります。


苦悶の日々のなかに身を置きながらも、美しい桜の花びらを見て幸せを感じたのでしょうか。


花びらをつまんだそのひと時だけは、病に冒されていることも忘れ、桜の花の清廉な美しさにただただ感動していたのかもしれません。



たとえば、28歳で死んだ坂本きよ子は、口もきけず、ねじれて歩けなくなった体で、痙攣する体をあちこちぶつけながら庭に下り、頸をゆらゆら傾けて、ふるえの止まらない曲がった指で、ひとり、桜吹雪の中、散りゆく花びらをいつまでも拾うのだった。

石牟礼道子 【苦海浄土 第二部から引用】






私は、今年はとうとう桜の花びらを拾えませんでした。


桜の花が開花するという知らせを聞くたびに、桜の花を見るたびに、きよ子さんを思い出します。